「合わない人」が家族にいる場合、どうすれば良いのだろう

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

気が合う人もいれば、気が合わない人もいる。

価値観がどうしても違う人もいる。

それはたとえ血が繋がっていようと同じで、家族でも「どうしても相容れない人」という関係は存在するようです。

Awanai kazoku

家族だろうと正義感が違えば分かり合えない

私には価値観がとても異なる兄がいます。

小さい頃から些細なことでケンカを続けているうちに仲が悪くなり、思春期になる頃には会話がなくなっていきました。

兄にとっては恐らく、私は生意気でうるさくておせっかい、とにかく気に入らない存在。

私にとっては兄は「私が何を言っても何をやっても否定してくる」居心地の悪い存在。

 

大人になってからはさすがに幼稚なケンカはなくなりましたし、無意識なのか意識的なのかお互い仲良くしようと努めてきたように思います。

ただ、私と兄は趣味も違えば、働いている環境も違うし、「何を大事だと思うか」も全然違う。

「正義の反対は、また別の正義」なんて言いますが、正義感が違う人と話すとお互い「自分が正しく、相手がおかしい」と感じるようで、至るところで噛み合わず話も平行線になってしまうのです。

 

家族だろうと、結局は他人。

兄弟姉妹、両親は選べない。

家族だろうと血が繋がっていようと、根本的に「合わない人」は存在するのだと思います。

 

家族の場合、完全に離れることが難しい

こんな言葉を聞いたことがあるでしょうか。

世界中の2割の人は、あなたがどんな行動をとってもあなたのことを嫌いになる。 6割の人は行動によって分かれる。 残り2割の人は、あなたがどんな行動をとってもあなたのことを好いてくれる。

私と兄の関係で言うと、兄は残念ながら最初の2割に入ってしまっているように感じます。

 

全員に好かれることは不可能なので、「この人とは合わない」「この人とは気が合わない」と感じると、私はなるべく距離を置くようにしています。

ただ、私にとっても兄にとってもしんどいのは、私たち2人が兄弟で、家族として完全に離れることが難しいところ。

そして、私たちの仲が悪いほど両親を悲しませることが分かっているので、お互いある程度の無理をせざるを得ないところ。

 

両親の思い

先日家族で集まって家でごはんを食べていた時。

私と兄は働き方や男女観についての意見があまりにも食い違い、最終的には口論になってしまいました。

どんなにお互い合わなくても、さすがに2人とも良い大人。

喧嘩をしたり家族の雰囲気を悪くしたりするのは悲しいもの。

一旦席を離れ、気持ちが落ち着いてから戻った後、お互い言い過ぎた部分について謝りました。

 

すると、一部始終を見ていた私の父がこんなことを言いました。

「お前たちは2人とも普段他の人に対しては気を遣うのに、お互いに関してはそういう気遣いや礼儀がぶっ飛ぶんだな。」

「色々お互いに対して思うこともあると思うけど、父さんと母さんは、自分たちがいなくなった時に、お前たち2人が仲良く力を合わせていてほしい。結局お互いが唯一の兄妹だからな。

 

父の言っていることのもっともさだとか、大人げない自分への反省だとか、「自分としては仲良くしたいけど、嫌なことを言われたまま黙っているのはしんどい」だとか。

ありとあらゆる感情が押し寄せてきて、気付けば自分でも歯止めが効かないほど涙が流れていました。

 

喧嘩は言い争いはなるべくしたくない。

できることなら仲良くしたい。

でも、どうしても根本的な部分の節々で意見が合わない。

大人になっても、いや大人になるからこそ、合わない人がはっきりしはじめるのかもしれません。

 

そんな「合わない」私と兄はこれからどうすれば良いのでしょうか。

 

「合わない人」が家族にいる時、どう接するべきなのか

この投稿は自分の思考を整理するために書いているところがあるので、現状良い解決方法が見つかっている訳ではありません。

ただ2つ、先日の言い争いやこれまでの経験を通して見えてきたことがあります。

 

1つ目は、適度な距離感。

「合わない人と無理に会わなくても良い」というのは、家族においても同じだと私は考えています。

そして、家族と距離を置くというのは子どもの頃は難しいものの、大人になると物理的に離れることがやりやすくなります。

本当に合わない人同士なのであれば、「適度な距離感を保って、必要な時以外は会わない」というのは、お互いが幸せに生きるためにはある程度必要なことだと思います。

 

そして2つ目は、話す内容・コメントするタイミングを選ぶこと。

私も兄も、家族の過去の話をしている時や、家族みんなで一緒にテレビを見ている時などは2人とも楽しんでいます。

ただそれがお互いの会社の話になったり、価値観に触れる部分になると、相容れない気持ちやしんどさが募ります。

また両親がどちらかの近況について話している時に、もう一方がコメントをすると、それが火種となりがちです。

振り返ってみると、私も友人や両親に対して、あえて喧嘩になりそうな話題は振りません。

たとえ好きな友人が相手でも、何でもかんでも言いたいことを言うわけではありません。

 

喧嘩になり得るところに自ら足を突っ込まない。

お互いの否定をしないよう努力する。

親しき仲にも礼儀あり。

それが、私と兄がある程度お互い居心地よくいられるための前提条件なのかなと感じました。

 

鏡のような人間関係

私の元上司が「人間関係は鏡のようなところがある」と言っていました。

確かにそのとおりで、私も兄もお互い「相手が自分のことを嫌っている」「自分も相手が苦手だ」という態度が出ているのか、それがお互い伝わって状況を更に悪化させていたように思います。

今まで30年、ある程度近くにいた家族。

残念ながら根本的に合わないところが多く、今のところ仲良しにはなれていない兄妹関係。

 

仲良しまでは目指さなくても良い。

分かり合えなくてもいいけど、次また家族で集まる時に最低限居心地が悪くならないようにしたい。

両親がいつか私たちと一緒にいられなくなった時、力を合わせられるようにはしたい。

人間関係が鏡だというなら、どちらかが歩み寄った時に相手も歩み寄ることを信じてみたい。

 

「合わない人」でも唯一逃げにくいのが家族。

でも、信頼し合えたらとても心強いのも家族。

これからもたくさん失敗して、また喧嘩もするかもしれないけど、せめて努力と反省は続けたいなと思います。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

このブログを書いている人

コメントを残す

*

CAPTCHA