できない言い訳が上手くなるほど、なりたくなかったオトナに近付いてきた

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去年の8月に書いたNote。この時に比べて今は少し前に進んだかなと思うけれど。

良いリマインドと自戒になりそうなので、今一度ブログにも載せておくことにしました。

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全く自慢にならない話だが、私は言い訳が得意だ。

幼い頃から両親に怒られる度に、または兄と口論する度に、「だってあの時は!」「だってお兄ちゃんが!」と言い続けてきた。自分を正当化するポイントを拾い続けることによって、とっさに言い訳をする反射神経が研ぎ澄まされてしまったらしい。

もし世の中に「日本言い訳選手権」とか「ああ言えばこう言う選手権」なんかがあれば、準決勝くらいまで行けるのではないかと思ってしまう。

ただ、そんな言い訳星人の英才教育を(自分で勝手に)受けて育ってしまったことで、ひとつ大きな問題が生まれてしまった。

私は自分の目標や、自分がやりたいと願っていることにさえも、「今できない理由」を探すようになってしまったのだ。

 

言い訳星人の常套手段

私は学生時代から、無駄に意欲だけは強かったらしい。

毎年決まって、1月と4月は「今年こそ」と思い立って何かを始めようとする。ダイエットに成功して、夢を叶えた自分。小さなビジネスを始めて、お金持ちになっちゃった自分。今とはかけ離れた大きな夢を見て、大きな成功体験を妄想しては「絶対いける」とニヤニヤする。

だが、そのニヤニヤが本当に続かない。2月と5月は、毎年決まってしょんぼりし始める。ダイエットだろうと、勉強だろうと、1か月前に思い描いていた未来の自分が、微塵も変わっていないことにがっかりする。

ただ、問題はここからだ。

「できない・続かない・不甲斐ない」の3拍子揃ったカッコ悪い自分を認めることが悔しいのか、私は一生懸命自分に言い訳を始める。

「まぁ、ここ数週間忙しかったからな。」
「時間が足りなかったよな。」
「疲れてたし。体調悪かったし。」
「今はストレスが溜まっているし。」
「私は熱しやすく冷めやすいタイプだからな。このやり方は合わないわ。」

言い訳英才教育を受けた私は、自分に対してもそれっぽいことを言おうとする。そして、安心した私はマンガをむさぼるように読み始め、その日を終える。

私の能力のせいではなく、私を取り巻く環境のせいだ。
私の努力が足りなかったせいではなく、私の体調のせいだ。
私に能力がないからではなく、私に合わないやり方を選んだからだ。

自分を正当化できる要素を拾うこの方法は、自分の心を軽くしてくれた。できなかった自分に対する不甲斐なさは薄れ、先延ばしにすることに対しても罪悪感は薄れた。私は自尊心を守ることができた。

そう、まだ明日から始めればいくらでも間に合う。

 

毛嫌いしていたオトナの姿

少し話は逸れるが、私は「カフェで愚痴や文句ばかり言うお姉様方」がピンポイントで苦手だ。

平日に友人とくっちゃべる自分のことは完全に棚に上げて、旦那や他人の悪口をベラベラと話す声。「ありえなくない!?」なんて相手に同意を求めながら。大学生の時くらいから、そんな声が聞こえる度「ああはなりたくない」なんて思ったものだ。

1か月ほど前だろうか。自宅近くで入ったカフェで久しぶりに「ぐちぐちお姉様」に出くわした。50代くらいの2人組。共通の友人が上手く行っているのが、どうも気に入らないらしい。建前はその人を褒めたり羨ましがったりしつつ、悪口のポイントを見つけては皮肉めいた言い方をする。

「嫉妬の塊だな」とさすがに私も聞くのを止めてイヤホンをしようとした時、片方の人が何気なくこんな一言を放った。

 

「私?いやいやもう歳だし、今さら無理だよー。若い頃だったらいくらでもできたけど。」

この一言に、私は恐怖に近い感覚を覚えた。

 

たしかに私は今まで数えきれないほどの言い訳をしてきた。

でも、私のこれまでの言い訳は多くが「過去にできなかったことに対する言い訳」だ。未来の自分に期待して、先延ばしにして、今苦労しないための言い訳だ。

でも、彼女の言い訳は違う。

彼女の言い訳は、「これからの人生でできないかもしれないこと、未来に対する前言い訳」だ。「過去の自分だったら出来ていたかもしれない」「自分だって若い頃は能力があった」と、起こらなかった過去に可能性を残しつつ、今の自分を傷つけないための言い訳だ。

そして、言い訳ばかりしてきた言い訳界のベテランとして、分かることがある。

この言い訳は、近いうちに私がいかにも言い始めそうな言い訳だ。

私はこれまで、未来の自分に期待して、「明日から始めればいくらでも間に合う」と言い聞かせ続けてきた。

そして29歳になった今。

私は、20歳の頃に立てていた目標と全く同じ目標を掲げている。

「今年こそ」と言って。

 

言い訳は気持ちを軽くするけれど

言い訳は、悪いことばかりではない。

他人に言い訳ばかりするのは問題かもしれないが、自分自身に言い訳をする限りは、その瞬間の自分の気持ちを軽くしてくれる。自分の選択は正しいのだと自信を持てる。

一方で、最近感じるようになったのは「で、私は今年何したんだっけ?」という焦り。

さらに私の焦りを搔き立てるものが、周囲の活躍。独立・起業してバリバリ夢を追いかける友人もいれば、テレビ番組にちょこちょこ出る後輩まで。プライベートな部分で言うと、結婚して幸せそうな友人の姿を見ることが一気に増えた。

思えば年下の芸能人も、年下のビジネスパーソンのインタビュー記事も、ぐんと増えた。これからさらに増え続けていくのだろう。

未来に期待しても、期待した未来は訪れないことだけはよく分かった。

だからこそ思うのだ。

今、この焦りをパワーに変えなければ。

今、変わらなければ私はきっと10年後も同じことを言っている。

変化を起こせるのは、今この瞬間の行動しかない。

 

やりたいことを晒してみる

20歳から29歳まで結局進歩していないけど、もう夢を見る歳じゃないのかもしれないけど、私には夢がある。

私はことばが好きだ。

ものをかくのが好きだ。

狭き道だって分かっていても、まだまだマトモに食べていけるイメージはないけど、どうしてもことばや感情を人に届ける仕事をしたい。

不安が多い世の中だからこそ、負の感情が渦巻く社会にいるからこそ、ほっこりしたり、勇気が出たりするものを届けたい。

今までたくさん時間を無駄にしてきたからこそ、社会人になってから驚くほどあっという間に時間が過ぎたからこそ、私には時間がない。

たとえ派手に失敗しても、黒歴史を大量生産したとしても、やらない後悔よりやって失敗する方がずっと良いはず。

今日、一歩だけでも前進できたかな。

 

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